About "AT通信"

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NOVEL

「War Dogs」---著[Anly]---画[ちるね]---

目次

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第一項

 小雪舞い散る、寒空の荒野。

 低く轟く地鳴りを上げ、巨大な塔が現れた。

「支配の尖塔、オベリスク。…建立まで残り、三五秒。…やれ」

 言葉少なく、手短に発された命令。

 告げる主は、美しい人だった。

 淡い紫色をした髪の毛は、アジサイの花のように煌びやか。

 端整な顔立ちに、すらりと切れ長な目元、眉の形も細く、どこか鋭い眼差しに力を感じる。

 薄い栗色の眼は冷たさを湛え、何人たりとも寄せ付けない冷気を帯びていて。

 この、凍えそうな寒さに満ちたカセドリア国立訓練場の中で、凛と咲き誇っていた。

 言葉を知らない僕が言える、精一杯の言葉…女神さまのような、きれいな人。

 …単純だろうか。
挿絵
「残り三〇秒」

 淡々と、ただ静かに数えられる秒数。

 冷たい響きしかない声なのに、思わず心を奪われてしまいそうになるのは何故だろう。

 どうしようもないほどに眼は奪われ、意識はまるっきりその人に向いていた。

 目の前に建ちつつある、塔のことなんかどうでもいいくらいに。

「残り二五秒。…汝は何ぞ」

 少し強い言葉。

 もしかして、怒っているのかな?

 押し殺したようでもない、呆れたようでもない、けれども、はっとさせられた気がする。

 前を見ろと。

 それと、僕は何だろう?

 眼前にはそびえ建つ石の塔。

 僕は戦士見習い、ただの新人兵士。

 ぎゅっと、支給された古斧の柄を握り締める。

 使い古され、誰かの手垢とか血のりとかで黒ずんだ布帯は、意外なほどよく手に馴染んだ。

「残り二〇秒」

 地面から生え伸びてくる塔の姿が、だんだんと明らかになっていた。

 どういう仕組みなのかは分からないけど、確か、クリスタルの秘蹟によって建てられているんだっけ。

 大昔に、エルフ族とか、妖精族とかいうモノが編み出し、いまでも広く用いられている秘法だとか。

 …うろ覚えもいい所だな。

 ほんの数時間前、兵士講習で教え聞いたはずのことが、すっぽりと抜け落ちている。

 ええと、何だっけ。

 思い出そう、というか、思い出せないと、マズい、気が…。

 オベリスク、支配の尖塔。

 戦場の領域を食うための、勝つための重要建造物で…。

 ええと、たしか…。

 味方のオベリスクは守って、敵軍のオベリスクは折って。

 …そのために、敵兵と戦って…。

 …だったっけ。

「…あ」

「残り、一〇秒」

「あ、は、はいっ!」

 分かった、分かった。

 いや、本当は考えるまでもなかったんだ。

 古斧の柄を強く握り締め、完成しつつあるオベリスクを見据える。



 <両手の仕事は基本、二つだ。敵兵を倒すこと、ついでに敵性建造物を破壊すること。この二つ>



 教えられたことが簡潔すぎて、その場で分かったつもりでホントは理解していなかったんだ。

 僕は何…両手に斧を持った兵士。

 だから、両手戦士。

 言葉の意図が、ようやく掴めた。

「五、四、三…」

「っ、行き、ます!」

 もう時間はない。

 猶予はとうの昔に過ぎ去った。

 だから、僕の番はこれで終わる。

 だからこそ。


 初手にして終手は、せめてもの全力を込めて。

「一、…」

 軸足と差し足の幅を等に、腰溜めに重心を整え身を構え。

 両手で掴んだ古斧の柄にかける力は均にして等しく。

 全身を上下に貫く中線を意識に描き、真っ直ぐに腕と斧を天へと振り上げ――

 快音。

「―――」

 告げられた刻の終わり…オベリスクの建立が、完成した。





             *





 硬い岩に打ち込んだような、確かな返り。

 建立しつつあったオベリスクに、重い一撃を打ち突けた感触を得た。

 けれど、塔はたったの一撃で壊せるほど脆い物ではなく、多少のキズとひび割れを加えることができたくらい。

 後、二十回も同じように打てば壊せるかも知れない、といった所だろうか。

 …何にせよ、もう遅いけど。

「…ク・ロム、だったな」

 冷えきった声で、先生が僕の名を呼んでくれた。

「は、はいっ」

 …って、僕は、何を喜んでいるんだろう。

 別にこれといって、褒められたり認められるようなことは出来ていないのに。

 むしろ逆。命じられたことができなくて…。

「失格だ。退け」

 冷たい目で、切り捨てるように先生が言葉をつむいだ。

「…はい」

 胸に、よく分からない寒さが走った。

 心の中のそこかしこに、外の寒い風が吹いているみたいだ。

 吹きすさぶ風が、突き刺すように痛かった。

 けども、当たり前のこと。

 先生の狙い、おそらくはオベリスクの破壊…それが、まるで出来なかったんだから。

 分かるまでが遅すぎたし、考えるのも遅かった。

 いや、考えているようでは、そもそもがダメなんだろう。

 戦いでは雑念に迷った者から死んでいく…それが戦場の掟だと、確かペールとかいう男の人が言っていた。

 あの人のもった空気、鉄錆と血の匂い、全身に満ちた黒煙のくすぶり…戦場の掟は、本当なんだなと思ったはずなのに。

 いざ自分でやってみるとこのザマだ。

 先生の言葉や身体に気を取られ、何もできなかった。

 …僕は、ここでもダメなのかな。

「あの、せ、先生…」

 口をついて出た言葉に、激しい嫌悪を覚えた。

 何を、言おうとしているのか。

「素振り一千本。次!」

 いっそ気持ちいいくらいに言葉を切られた。

 それきり、先生は僕になど用はないとばかりに目を移した。

 いや、元々、僕のことなんか見ていなかったんだろう。ただ、僕の方を向いていただけ。

 先生の視界が僕を捉えていたんじゃなく、僕が視界の中に映っていただけ。

 そこかしこに転がる石ころ、雑草木と等しく同じ、その他物。

 …僕は何に怒っているのだろう。

 全部、自分の情けなさが悪いのに。

 身勝手な怒りに、心底ヘドが出る思いだけど。

 せめて、失敗した後くらいは、素早く退いてしまおう。

 先生に向かって頭を下げ、一礼。

 その場を離れる。

 胸元で固く握り締めた古斧が、胸に重くのしかかった。



              *



「よ。一番手おつかれ、兄弟」

 すごすごと気落ちしたまま、待機場所に戻るやいなや、気軽く声をかけられた。

「えらく手間取ってたようだが、まぁ気にすんな。誰だって初っ端はヤなもんだかんな」

 けらけらと音がしそうなほどの笑顔でいってくれる。

 僕の次に控えていた新兵仲間、確かフェル…なんとかいったっけ。

「ま、おかげで見せ場が出来た。ありがとな。教官の狙いも分かったぜ…こいつは、タイムアタックなわけさ」

 低い声になったフェル。

 顔に浮かべた笑みも、どこか重く低い。

 どう猛な獅子が、同格な獅子を前に奮い立つような、力強くも凶暴な笑顔。

 何より、まっすぐに眼を合わせようとしてくる。

 …苦手だ、こういうのは。

 とっさに眼をそらすが、そのせいで余計、フェルという人のにおいがよく分かる。

 喉の奥から轟く雄叫びが聞こえてきそうなほど、フェルのにおいは昂ぶっていた。

「塔ができるまで、ざっと三十と半秒ってとこだった。なら、そいつを勘定にいれてぶち壊しゃいいわけだ」

 にやりと。

 フェルは好戦的に口元を歪めていた。

 天に逆巻く炎を思わす赤い髪。

 野太い赤毛の眉は剛さを示し、ぎらりと塔をにらみ付ける眼はケモノじみている。

 丸太みたいな首や胴、手足からは、いまにも白い湯気がでてきそう。

 全身から沸き立つ熱気を、かろうじて抑えている衣服はズタボロだ。

 けれども、そのボロさえもが、彼の野蛮さ、野性的な凶暴さを、いやでも物語る。

 …僕とは、まるで違う。

 新兵らしい気弱さなどなく、頼りなさもなく、自信喪失の欠片も見えない。

 もうずっと戦いに明け暮れてきた蛮族の猛者と言われても、誰も驚かないだろう。

「ん? なんだ、落ち込んでんのか? クロム…だっけ。名に恥じねぇくらい、力あったじゃないか」

 この人は何をいっているのだろう。

 なぐさめなのか、バカにしているのか、分からない。

 においからは、僕をからかおうとしてる風ではないけども…分からない。

 下手に逆らうのも、後が怖い。

「あ…うん、ご、ごめんね」

 他人の考えなんか、どうでもいいんだ。

 僕をバカにしようと、笑おうと、からかおうとしても、それはそれ。

 関わらないことが一番いい。

 フェルの眼から顔をそむけ、距離を取る。




「次! フェルディア・ロムール! 来い!」




 救いの女神さまか。

 少しの苛立ちをにおわせる先生の声が、フェルの気を奪ってくれた。

「うぉ、やべ。あの女こえー。なぁ?」

 同意の求めを、無反応で返す。

 …確かに先生は怖いけど。

「ま、いいや。さぁて、このフェルディア・ロムール様が目にもの見せてくれんぜ」

 不敵に笑い、フェルは肩を一つならすと、地面に食い込ませていた斧の柄を掴み上げた。

 旋風。

 掴み、振り上げる。ただそれだけの仕草で、風が起きた。

「次鋒! フェルディア・ロムアール! いくぜ!」

 快気一声。

 地に響く雄叫び、フェルは自らの名乗りを上げていた。




              *



「ち、さすがだなあの野郎…しくれよ、クソが」

「ああくそ、目立ちやがって。見せ場独り占めじゃねーか…ったく、ツイてやがんな」

「まったくだ。俺もお前の後がよかったぜ。なぁクロム坊や?」

「俺もだよ。なぁ、クロムだっけか? お前さん、俺の前にもっかいやってくんねぇか?」

「待てよ、その前に俺の見せ場を作ってくれよ。俺さー、あの女狙ってんのよ。な、な、頼むぜ兄弟ー」

 …げらげらと。哂い声が聞こえる。

 下品で、野暮で、荒っぽいだけの哂い声。どれもがみんな僕をバカにし、コケにし、面白がってるだけなのはよく分かる。

 何より、僕自身が何も言い返せないのだから。

 男にしては小柄な身体、華奢な筋肉、幼いと言われる顔つき…どれもこれもが、周りの新兵たちとは違っていた。

 見下されるのは慣れているし、蔑まれるのも慣れている。

 よくあること。

 あの村でも、同じだったんだから。ただ少しだけ、哂う側の性質が粗くて、声が大きいだけのことさ。

「は、はは…ご、ごめんなさい。む、向こうで素振り、しときます…ね」

 足元に落とした視線にかかる、古戦斧の柄が目に痛かった。




              *




 オベクラッシュの実演場から少し離れ、皆を見渡せる小高い丘へ移った。

 先生から命じられた素振り、一千本。とてもじゃないけど、片手間で終えられる数じゃない。

 順番待ちしてる皆の邪魔にならないよう、何より余計なことを言われないよう、目立たないことが大事。

「はは…小心者だな、僕は…」

 自虐だけは一人前。

 気落ちが止まらなくなる前に、やることをやっていこう。

 でないと、先生に顔向けができやしない。

「…よしっ。目標、一千本!」

 腰下に構えた古戦斧を、一息のうちに振り上げる。

 鈍く空を切る音、全身に伸び上がる重量感。

 素振りと言えど、気を抜くと、腕どころか身体ごと持っていかれそうになる。

 柄の掴みに注意を払い、すっぽ抜けたり、身体の重心が前後左右にブレないように体勢を保つ。

「九九九!」

 残回数を数えながら、一心に斧を振り上げる。

 ただの素振り、ただのスマッシュ。

 斧を腰下に構え、気勢を吐き、振り上げ、また腰下に戻す。それだけの動作。

「九九八! 九九七!」

 単調になってしまいがちなだけに、一つ一つ、気を込めて振り上げる。

 それまでにあった雑念の類も、いまはもうない。

 やるべきことが分かっているのなら、それに専念するだけでいい。

「九九六! 九九五! 九九四!」

 黙々と、一心不乱に。

 がむしゃらになって、斧を振り上げていよう。




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「ノベル-AT通信-」作者と作品一覧

作者
作風
作品
Anry
Anry近影
独自の世界観が特徴。キャラ同士のセリフの掛け合いも面白い。
「Ring of the Kingdom」「War Dogs」他、読みきり1点
ルジェリア
ルジェリア近影
恋愛系が多め。女の子らしい内容が貴方を癒してくれるはずです!
「3 color's」他、読みきり3点
レゴルス
レゴルス近影
ギャグか?ギャグなのか?!本人は至って本気の作品達。BL臭がするのは僕が腐っているからか、、、。
読みきり3点
ディガル
ディガル近影
戦争・戦闘描写が細かい。何度も読み返す価値があるかと。
読みきり「浦波」
カヤ・エリル
カヤ・エリル近影
何気ない日常・会話、その中でふと考えてしまうことってありますよね。そういうお話。
読みきり「それを、覚えているだろうか?」
xxMILKxx
MILK近影
ファンタジー世界への飛び込めるような内容。あと恋の始まりの香りがぷんぷんしてきます。
連載小説「題名の無い物語」

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