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「それを、覚えているだろうか?」---著[カヤ・エリル]---画[ラフラ。]---

目次

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第一項(完)

夕暮れ前の気だるさをまとうルーンワール。
もう間もなく太陽は沈み、闇に包まれるであろう時間帯の、ゲブランド帝国の首都。
武器屋や防具屋の前を行き交う人もまばらになり始めた、そんな頃。

「ねえ、兄さん」
「何だよ」

その兄弟の会話は、道端で、唐突にはじまった。

「兄さんはどこからきたんだろうね」
「……は?」

不思議そうな声、不思議だから出すのだから、そうなるのは当然だ。
声だけでなく、顔までそうなるのも、仕方のないことだろう。
一体何を言い出すのかと、銀髪の青年は左側に立つ銀髪の少年を見た。

少年とはいえ、そう見えるのは容貌だけで、背丈は既に右側の青年と変わらない。
変わるのは、ほんの少しだけ年齢差を見せる容貌と、瞳の色と表情。そして、手に持つ武器くらいだった。

同じ高さに肩を並べて、兄弟の会話は続く。
碧色の瞳をした少年が、杖を何度か道路を突いて、ごめんねと言った。
自分の中で進行していた話をいきなり振ってしまったために、彼が混乱したのを把握したのだろう。
紺色の瞳をした青年は、少年の杖を弓でつついて、何も言わずに続きを促した。
人好きのする柔らかな笑みを浮かべて、少年は続ける。

「ほら、よく言うでしょ。人はどこから来て、どこへ行くのかって」
「……ああ」

納得したように、青年が頷いた。
そう言われれば分かるのだ。よく聞く疑問だから。
人は何処から来たのか。
そしてこれから何処へ行くのか?

それは、人によってたくさんの意味を孕んだ疑問であるのだろう。
ならば彼はどんな意味で、それを思ったのか。

「…お前は、自分が何処から…来たんだと思う」
「さあ、何処だろう。僕には分からないんだ、兄さんは?」
「俺も知らねーな。母さんの腹の中から?」

そう、根源は確かにそこであるのだ。
人はみな、母の胎内から生まれ出でる。

「でもそれって、本当に最初から僕たちだったのかな? 何が宿って、僕になったのかな?」
「…それ言い出したらだいぶ、医学的な話にならねーか」
「もう。つまらないなー、現実的な話にしちゃったらそれこそ精子による確率としか言いようがないじゃないか」

話の腰を折ってしまっただろうかと、青年は頭を掻いた。
精神的だったり哲学的だったり、そういう話にはあまりついていけないのだ。
なんだか自分より、遠い世界の話のような気がして。
どうにも現実味がわかないから。

「だからさ。人には魂があるっていうじゃないか」
「言うなぁ」
「魂とか、あるいはそれをこころって読むこともあるよね。僕が言ってるのはそれのこと」
「ああ。…そっちか」

命そのもののことではなく、魂や心、人の中にあると言われる、眼には見えないそれらのことを。
言っているのだと言われれば、2回目の理解をした。
何度となく、何気なしに口にする言葉であれば。
少しは身近なものの話であれば、彼の思考はついてゆける。

「……そうか。…生まれ変わってくる前の俺って、何処にいたんだろう」

人の魂は巡ってゆくのだと、人が言うことがある。
生まれ変わるのだと。
ならば、生まれ変わる前、己は誰だったのだろう。
生まれ変わる前の前、何処にいたのだろう。
その前は? さらにその前ならば、根源を辿るなら一体それは何処からきたのだろう?

「生まれ変わりを否定してしまうのは簡単なんだけどね。誰もその記憶を持っていないんだから。
でもね、記憶を持ってないからって否定できるものでもないと思うんだ。」

生まれ変わり。
一体どれほどの人がそれに希望を繋げ、未来に願いを託したのだろう。
一体どれほどの人がそれに想いを馳せ、思考をを重ねたのだろう。
それを否定して、全てあり得ないと言ってしまうことは。
あまりにも、憚られて。

「だから僕は思うんだよ。僕はどこからきたんだろう、僕は何処へ行くんだろう。
この先僕は誰になって、そして以前僕は誰だったんだろう」
「……何処へ行くのか、何処から来たのか、か……」

そして2人は上を見る。
何気なしに、空を見る。
それは近くにあるようなのにその実とても遠く、赤みを帯びて渡る雲はまるで、世界と空を隔てているようで。
天の世界とは空の上にあるのだという。
ならばその答えも、空の上にあるのだろうか?
あるいは。
その対極、地の中にあるという場所に答えはあるのだろうか?

「人は死んだら天か地獄に行くって言うね」

それは独り言になった。
彼は空を見上げたまま、何も言わなかった。
だから、どちらも動かなかった。

空の上か、地の涯てか。
魂がいくのだというその場所から、人は来たのだろうか。
そして人はそこへ還り、また何かになってここへ戻ってくるのだろうか。

「…ねえ、兄さん」
「ん?」

視界を戻して、地を視野に入れて言う。
地表はだいぶ薄暗くなっていた。
夕暮れが終わるのは早い。もう雲の赤みも消えて、じきに夜が来るのだろう。
少し見通しの悪くなった路地を見渡して、ほんの少しだけ首をかしげた。

「考えても、分かることじゃなさそうだね」
「……だろうな」

2人の視線は空と地に。
しかしそこでさえ来た場所でも、行き先でもないのかもしれない。
もっともっと違う場所かもしれないのだ。
考えて答えが出ることならば、きっと。
とっくに解決されている謎のはずなのだから。

「……まあ、ないのかもしれないけどね」
「…ふむ」

安寧の空、激動の地、包み込むこの世界。
境界のように雲が渡り蒼が澄む、その存在は移ろうこともない。
境界のように土が渡り水が澄む、その存在は薄れることもない。

どこに在るのか、それは在るのか、そもそも"それ"とは何なのだ?

指し示す言葉がいくつもあるような、曖昧な存在を。
存在と認めることが出来るのだろうか。

"それ"としかいえない、その場所に――。

「…あのさ」

そして空から眼を降ろした、青年が呟いた。



「…腹減ったわ」



そして少年は、沈黙したあと。
堪えきれないというように、笑い出した。

「な、なんだよ。しょうがねーだろ、もう夕飯時だぞ」
「はいはい、あーもう、せっかく真面目に話してたのにそれだからなぁ、兄さんって…あっははは」
「うるせーなあ…」

これ以上考えても仕方ないとばかりに、彼は家へ向かって歩き出した。
笑いながら、少年が後ろに続く。

少しだけ、本当に少しだけ進んで。
ふと青年が振り返る。
紺色の瞳に弟を映して。

「多分忘れただけなんだと思う」

さっきの話の続きだと、少年が思い当たってすぐ。
言葉は続けられた。

「俺たちはきっと、何処だかわかんないそこから来たはずなんだから」

言い終わるとまた、彼は家に向かって歩き出した。
少年はそれについていかず、小さく微笑む。

「……ならいつか、思い出せるかな?」

そして早足気味に、その背を追う。
今目の前にある、日常へ向かって。




分かるのは、確かに"どこか"から来たのだということだけ。

分かるのは、確かに、"どこか"へいくのだということだけ。

生きて、行き、生きて、逝くのだと。

いうことだけ。



そっと2人はまた空を見、地を見た。

かつて自分が居たのかもしれない場所へ。

これから自分がいくのかもしれない場所へ。

遠いか近いかもわからない場所へ。

――記憶を馳せながら。


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